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渓流でよく目に付くのが、植物にからみついて、そのまま放置された「仕掛け」である。

それも、手を伸ばしさえすれば容易に回収できる位置に、針・糸・ガンダマ・目印・ひからびたイクラがワンセットでぶら下がっていることもあり、あきれてしまう。

そういう「仕掛け」を分析すると、巨大な針と、ぶっとい道糸、ごちゃついた浮きや目印で、この人はいったいなにを掛けようとしたのか?この渓には遡上するシャケはもちろん、サクラマス・アメマスはいないと思うんだけどなあ・・・・と首をかしげてしまうことが多い。
ようは、樹木に仕掛けをからみつかせ、そのまま放置してなんら気にならない、というタイプの人ほど、仕掛けの内容において「洗練されていない」のである。

多少独断と偏見に満ちた考えかもしれないが、僕が見た限り、そういえるのではないかと思っている。

もちろん、僕なども、どっちかといえば“ぶきっちょ派”なので、川幅が狭く、木がおい茂っている支流では、サカナを釣る前に対岸を釣り上げて、植物と引っぱりっこすることはよくあります。
だから、絶好のポイントで気持ちがはやっているときに、うっかり仕掛けを植物にからめたときの苛立ち、焦慮感はよく分かる。

でも、しょせん「自分が今この場所で釣りたい」というのは、個人的な欲望に過ぎない。
本当にヤマメ・イワナを愛し、釣りを愛し、自然を愛する者であれば(by.釣りキチ三平)まず自分が残した仕掛けを回収する方にエネルギーをそそいで欲しい。

新たな仕掛けで、自分の釣りに復帰するのは、それからでも遅くない。仕掛けを回収して、一服して気持ちを落ち着けてからでも、山や川は逃げはしないし(とりあえず、その場のヤマメは逃げるかもしれないけど)、きっとその方がトータルで見たとき、「良い釣り」ができる。そういう気がする。





なぜこんなことを急に書くかというと、以前の釣行で、ちょっと肝をつぶす体験をしたからである。

小さな“アタリ”をとらえそこない、空中に跳ね上がった仕掛けを目がけて、スズメのような鳥がものすごいスピードで突撃してきたのである。

そいつは「ちゅーーん!!!」と言ったので、スズメっぽかったが、渓流にはいないはずなので、おそらくミソサザイか何かであろう。

かれは見事、針先のエサを空中キャッチすると、いきおい余って川へダイブ!

・・・・・・大丈夫かな?と見ていると、大丈夫ではなかったらしく、ゆらゆらと川を流れていくではないか。(その先には、小さな滝がある)

これは大変と思い、濡れた岩をすべりながら追いかけ、どうにかタモあみで救い上げると、まもなく息をふきかえした。岩場に座らせてやると、ふたたび「ちゅん!!」と鳴いてどこか山の奥へと飛んでいった。デジカメの撮影モデルになっていただく余地はなかった。

このときはこれで済んだから良かったようなものの、かれらは、釣り糸の先についた蟲と、自然に木からぶらさがり落ちてくる蟲の区別は、それはできないらしいのである。(※この点、毎日釣り人の脅威にさらされるヤマメ・イワナの方がよっぽど賢く、釣り糸を見抜いている)

だから、たとえば蟲がついたままの仕掛けを放置すると、「ちゅん!!」とどこからか飛んで来て、糸にからみつき、運が悪ければそのまま逃げられず、苦しんだあげくお亡くなりになる、ということが現実にありうるのだ。

それは、想像しただけで不吉な、悲しい光景である。





ミソサザイに限らず、アナグマやタヌキ、イノシシなどの野生動物が、針のついた蟲をのんでしまうということも考えられる。

それと、「100パーセントC&R派」の人で、サカナから針を外せないとき(無理に外すと死んでしまうとき)は、ハリスを切って逃がせば、渓魚は生きられるし、そのうち自然に針も外れる、という人もいる。そうかもしれないが、そのサカナを、野生動物が捕らえて食べる危険性があるとすれば、やはり逃がすべきではなく、釣った人が責任もって美味しくいただくべきなんだろうと思う。
(そして、必要以上に釣りすぎない。ちびヤマメにあやまって針を飲まれてしまい、リリース不可能・・・と、ならないように、技量をみがく・・・)

「釣り」を理解するのに、目の前にいるサカナだけを見てはダメなんだなあ・・・というのが今回の学習でした。ちゃん★  

平成20年7月記






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